何も無い空間。白でもなく黒でもなく、透明でもない。だってそこは何も無いのだから。何も無いものは何も無い。しかし、その空間の中に何も無いだけであって、空間そのものは存在している。だったら何も無いじゃないじゃないか。そう、何も無くは無い。この世に何も無いところなど無いのだから。どこを見渡しても、あるのは人間、人間、人間!人間の居ないところなど、殆ど皆無。もはや、地球とは、宇宙とは、人間が住まう人間のための空間になってしまった。人間は自惚れている。その空間は自分たちが創ったと勘違いしている。何もできないくせに!

だったら神は万能なのか。

 当たり前だ。神は万能であり、神はすべてである。あの何もできないくそったれた人間どもが神様神様五月蝿い。神は、人間みたいなちーさくて弱小な物には見向きもしない。むしろ分からない。神はあまりにも強大すぎるから。あのくそったれた人間どもめ!何もできないくせに!神に縋ろうたってそうはいかない。馬鹿め、阿呆め、ざまあみろ。

 深海の生物を研究していた調査隊は、不思議なものを見つけた。それは、どう表現していいのか分からないほど、不思議で、よく分からないものだった。だいたい標準的成人男性の背丈はするが、人間ではない。だからといって人間以外の生物でもない。その前に、物と呼称していいのかすら分からない。全く見当もつかない。とりあえずそれを持ち帰った調査隊は翌年全員病死した。

 何も無い空間。空間そのものに何も存在しない異空間。それは幾重にも重なり、人間には解釈できないような、厖大で、複雑かつ難解な空間が重なっていた。
「この化け物は君のかい?」
「いいえ。ぜんぜん違う。それは僕のじゃない。それに、それは物ではないよ。」
「細かいことを気にするんだね。」
「当たり前だよ。」
 この二人の名を、仮に「海」と「星」とする。海は、軽く微笑んだ。
「僕にとって君はとてつもなく難解な生物だと思うよ。」
 星は、幾重にも重なる空間に手を添えた。
「君の笑いはとても嘘くさいよね。君のほうが、よく分からない生物だと思うよ。」
 星は、自嘲気味に笑った。
「これはね、物ではないんだ。じゃあ生きてるの?と聞かれたら、そうでもない。これは、僕であり、君であり、ここのすべてなんだ。」
「僕には少し難しいようだ。」
「簡単だよ。これは、神と同意義と云ってもいい。」
 海は少し驚いたようだ。
「これが神なのかい?随分と不思議な形態だね。びっくりしたよ。でも、あんまりにも生物くさい神も、僕は好かない。これぐらいが調度いいのかな?親近感が湧くよ。」
 海も、神に手を添えた。
「あんまり暖かくないんだね。神って、すごく暖かいものだと勝手に思っていたよ。」
「神には温度は無いと思うよ。」
 星は飽きれて云った。
「もう行かなきゃ。」
 海は言った。
「もう行ってしまうの?」
 星は悲しげな表情を浮かべた。
「うん。僕はね、たぶんもうすぐ消えるんだ。でも、死ぬってわけじゃない。消えるんだ。煙みたいにね。僕はもうここに居なくてもいいから。」
「君が居なくなったら、僕が大変になる。」
「うん。分かってる。ごめんね。」
 海は微笑んで、星の手を握った。
「ごめんね。」
 その次から、海は、居なくなってしまった。




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