「地球は荒廃し始め、人類はいずれ滅びます。でも、入れ物さえ変えれば、永遠に生き続けることができる。人というものは、命という名の精神が、肉体という入れ物に収まっている物なんです。」
 月にある中心都市、コンシールムーンに居る貳子と、地球に居る僕は秘かにトランシーヴァで通信を行っていた。
「エロヒム様がこの計画を秘密裏に進めています。いずれ地球でも、精神移植における地球での後遺症などについての人体実験が行われる事でしょう。心配はありません。エロヒム様はこの世界を御創造なさった創造神。きっと、凡ての人々を無事に他の入れ物へ収めさせてくれるでしょう。」
 それでは、言えることは全て言いましたよ。と貳子は足早に通信を切った。
 貳子は月に住んでいる。約100年前、人類月移住計画で選出された男女一億人に貳子の父と母が居た。月に移住するため、無呼吸器官手術を施し、月へと半強制的に送られた人類の末端は、その後地球人より高度な技術を身につけ、進歩した医療技術で永遠の命を手に入れた。その中心に居たのがエロヒムだという。世界を創造した神の名を語る、月面世界の最高権力者。顔を見たものは誰も居ない。月面人なのか、地球人なのかも分からない。声さえ聞いたこともないと言う。そもそもそのような人物が居るのかさえ分からないという。
 そのエロヒムが、人類はいずれ滅ぶと言ったらしい。ありとあらゆる通信手段を通して全宇宙に警告したというのだから本当だろう。しかし、滅ぶのは地球人だけというのは、どうも腑に落ちなかった。なぜ地球人だけ?僕は貳子に詳しいことを聞くために、先ほどまで通信していたのだ。地球人と月面人は共に対立しているので、月移住計画世代に通信していたことを知られるといろいろと面倒なことになるので、コソコソとやっていたわけである。別に地球人と月面人が互いに交流をしてはいけないという法律はない。むしろ外交的には友好な関係で、双方の旅行プランもある。彗星戦争時には、月面人から支援として譲り受けた強力な陽子宇宙放射線機で彗星人の原子爆弾に打ち勝ったこともある。
 ともあれ、エロヒムが言ったことは確かに信じることができる。何年か前に冥王星人が滅んだときも、エロヒムは予言していた。しかし、冥王星にその予言を伝えることはなかった。何故か。それは、冥王星人ははっきり言ってこの宇宙社会に邪魔だったから。好からぬ宗教を重んじ、彗星戦争の原因を作り出した、この広大な宇宙に浮かぶ汚点。全ての宇宙人は冥王星人の絶滅を喜んだ。
 エロヒムが地球人に予言を告げるということは、地球人は宇宙に要らない存在ではないのだろう。助かった。僕だって死にたくはない。

 貳子は考えていた。輔(タスク)にどうやって真実を伝えるか。トランシーヴァにも限界がある。どこで盗聴されているかも分からない。機密情報を漏らしたことが国家にばれれば、抹殺されるのがオチだ。どうやって恋人を助けることができるか。どうすれば地球人を助けることができるか・・・。
 突然頭上から何かが爆発しているような大きな音が聞こえた。ああ、間に合わなかった。貳子は、嘘をついた自分を恨んだ。真実を言えばよかった。命に代えてでも。そうすれば、地球側が準備をしたはずなのに。そうすれば、助かったはずなのに。冥王星を爆破した真実。彗星戦争の本当の意味。そして、あまりにも単純な地球人が滅ぶ理由。
 これから地球と全宇宙との、戦争が始まるのだ。




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