早紀子はうざったそうに前髪を掻き上げた。これは煙草を吸いたい合図だ。
 真奈美は箱から煙草を一本取り出して、早紀子に咥えさせてやる。
「ありがと。」
 短く言って高そうな銀色のライターで火をつけた。
「ねーえー、早紀子はどうして誰でもいいの?お金あげたらなんでもいいの?」
「そうかもね。」
 厭味を言ったつもりだったのに軽くあしらわれ、真奈美は少し頬を膨らませた。
「なぁにそれ?」
「ニューヨークには私みたいに体を売って金を稼ぐようなのも居れば、真奈美みたいなレズビアンもたくさんいる。」
 早紀子は溜息と一緒に煙を吐いた。
「私が始めてじゃないわけぇ?」
「初めてだよ。」
 そう聞いて真奈美は驚いた。素直な奴。
「普段は女としないの?」
「かもね。」
「じゃあ何で私としたの?好きなの?それとも、お金をくれるから?」
 早紀子が鼻から煙を出した。「後者。」
 あっそ。真奈美はシーツを被った。
「怒った?」
「別に。」
 沈黙。
「私のこと好きなの?」
 今度は早紀子が聞いてきた。
「んー。そうじゃないかも。早紀子みたいな人、私の周りにいっぱい居たし。」
 でも淡白な人は好き。真奈美はそう付け足した。
「私にも煙草頂戴。」真奈美がごろりと転がってきた。長い髪がぐしゃりと潰れ、乱れた。
「いいけど。煙草、嫌いって言ってなかった?」
「今日だけ。」
 早紀子は一本真奈美に手渡した、人差し指と中指で、ぎこちなくそれを掴む。
「ライターつかないよ。」
「貸して。」
 一発でついた。火を真奈美の煙草につけてやる。
 真奈美はそれを思いっきり吸うと、ぱはぁと口から煙を出した。
「んー不味い。やっぱり煙草は体に合わないわー。」
 そう言いつつも吸って吐く行動を繰り返している。
「もう出ない?」
「これが無くなったらね。」
 真奈美が鼻から煙を吐く。それを見て、早紀子はベッドから出た。
「着替えんの?」
 真奈美が聞いてきたが、早紀子は無視してズボンを穿き続けた。聞こえない振り。
 ふぅーと息を吐く声が後方から聞こえた。真奈美だ。吸い終わったのだろう。
「私もう行くね。」
「着替えは?」
「もうした。」
 振り返ると、真奈美は笑っていた。そういえば、真奈美が笑ったところをはじめて見たかも知れない。
「じゃあね。また。」
「まさか。もうまたは無いだろうね。」
 言い終わって振り返ると、もう真奈美は居なかった。


 




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